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【つらい経験を知識に】教員である私がブログを書くことの意味とは

桜木きよ
こんにちは。桜木きよです。 9年目の小学校教員です。 教員のブログを書く意味を考えてみました。 多くの小学校教員、学校の先生を助けたい。 心からそう思い、ブログを書くことにしました。

私は小学校教員である。教員がブログを書くことで伝えられることはいくつかある。とくに私ができると思うことは、3つだ。

  1. 楽しい教育活動を伝える
  2. 教育現場で困っている人を助ける
  3. 教育現場の手助けをする

ブログは経験を知識にすることができる。自分の成功や失敗、気づきを共有することができる。

 

ブログじゃなくてもいいのではないかー?

いや、そんなことはない。

無数のネット閲覧者のなかには、教育現場で困っている人やヒントがほしい人がたくさんいる。

だからこそ、私はそんな人たちのための力になりたい。

いろんな子がいるこそ楽しい教育活動を伝える

子どもたちの考えは、みんな違う。

先生「今日は学校まで何で来ましたか?」

子どもたち「歩いてきた!」「並んできた!」「通学班で来た!」「靴で来た!(真顔)」

子どもの発想は大人には想像できないことがある。だからこそ、楽しい!

 

教員は日々、子どもの生活や学習に関する問題やトラブルなど、様々な経験をすることができる。もちろん、問題やトラブルだけでなく、子どもたちの頑張りや姿勢に感動することがある。

 

一人ひとり子どもの個性は違うので、子どもの活動の様子は違ってくる。「AIが発達しても、小学校教諭の職は代用されない」と言われているように、とくに、小学校においては教育を完全マニュアル化をして行うことはできない

 

子どもがロボットのように動いて、学習効率を高める方法があったとしても、子どもはロボットのようには動かない。

 

「私の将来の夢はケーキ屋さん。昨日までは幼稚園の先生だったけど、今日変わったの!ちなみに、3年前の幼稚園生のときは、ペンギンになるのが将来の夢だったよ!」

 

子どもがどんな考えをもつのかは、生みの親でさえ分からない。マニュアル通りの教育なんて無理だ。

 

だからこそ、教育現場での経験は、教師によって異なる。

しかし、教員の経験を個人の経験として終えるではもったいない。

教員の経験を共有して知識にしていくことで、今後の教育の発展につながると考える。

子どもに困り、保護者におびえ、学校をつらいと思う教員を助けたい

教員をやっていると、つらい時期を必ず経験する。

学級がうまくいかなかったり、保護者にクレームを言われたり、学校の職員と馬が合わなかったりと、いろいろ原因はある。

 

先輩の先生に相談しても「大丈夫。そんなこともある。つらい時を過ごすのも経験!」と言われる。

確かに、教員になる!と決意をしたときは、多少のつらい時期やトラブルも覚悟した。長い教員人生のなかで、うまくいかない時期もあるだろうと、想定する。

 

しかし、実際に教員になってつらい時期を経験すると、死ぬほどつらい

夜は眠れないし、朝は学校に行きたくないし、職場には仕事がたまっている。

学校に行ったら、なんとか教室で1日を過ごすことはできるが、こなす仕事量は多く、帰りは遅い。

仕事を残したまま家に帰り、子どもの問題や保護者のクレームが夜も頭をよぎる。次の日の朝も、気が重い。

このサイクルを繰り返す。覚悟はしてても、相当しんどい。

 

子どもの前に立つには、笑顔が重要だ。先生がイライラしていたり、暗かったりすると、子どもも気持ちが浮かばない。

「先生は教育のプロだから」と、自分を叱って、笑顔で教壇に立つ。

しかし、いざ教壇に立つと、目につくのは、話を聞かない、勉強をする気がない、ずっとしゃべっている、そんな子の行動ばかり。いつまでも笑顔でいられるわけがない。

 

学級がうまくいかないと、責められるの担任。

「先生の○○が良くない」、「信頼関係ができていない」、「子どもに謝ったらどうですか?」

確かに、子どもとうまくいかないことはある。しかし、子どもは人間。先生も人間。人間同士だから合う合わないはある。

 

世渡り上手のかしこい子は合わない先生ともうまくやっていける。でも、世渡り上手の子ばかりではない。先生に反発してくる子もいる。

 

ちょっと昔なら、反発してくる子に対して、教師は大人の力で対応した。もちろん暴力ではなくて、先生の考えや方針を、言葉や姿、態度で表した。

 

子どもなりに大人の本気をみて、大人に対しての謙虚な姿をもつことができた。子どもは、反発しても、大人に跳ね返されることで、登れない大人の壁を知り、大人への偉大さや世の中の不条理を学んだ。

 

しかし、今は登れないはずだった大人の壁を、保護者が子どもと一緒になって壊してくる。何が子どものためになるのか。

子どもが成長していくうちに登っていくであろう壁を大人が壊す。

子どものためになるとは思えない。ただ、教育現場が混乱するばかりだ。

 

担任はいつも子どもたちのためを思って行動をする。しかし、結果がうまくいかないと、無責任な大人たちが担任を責める。

 

担任を責めたら、子どもの成長につながるのか?

そんなはずはない。それを分かっていない大人が多くいる。

 

私は、そんな責められる担任や先生を助けたい。ニュースに出るような本当にごく一部の異質を除けば、みんなよい先生である。

 

人によって合う、合わないがあるだけ。みんな人間だから。完璧な人間などいない。

 

大事なのは、子どもや保護者、職員の考えが違っても、混沌としている教育現場で担任が笑顔で、健全な教育をすることである。

 

教壇に立つ先生が笑顔でいれるという重要性はかなり大きい。

よい授業をするためには必須条件だ。子どもたちのよい成長に、先生の笑顔は必ずいる。

しかし、今の世の中ではこのことに気づけている大人が少ない。

「先生が笑顔になれる」その手助けをこのブログを通して力になりたい。

よい教育ができる!教育現場の手助けをしたい

今の先生は若い!

若い先生が多いということは、子どもにとっては良いことである。

年が近い、価値観が合いやすい、一緒に遊んでくれる、若い先生の方が人気が出る。

 

しかし、保護者にとっては心配になる面がある。

年代の価値観の違いが出る、経験年数が少ない、配慮が足りないなど。

 

そこで、先生が意識したいことは、「学び続ける教師である」ことだ。

先生自身が教育への知識や見解を深めて、専門性を高めることで経験の少なさをカバーする。

世の中には、たくさんの指導法や教育論がある。

今の時代なら、インターネットを通じて、かんたんに多くの教育についての情報を手にすることができる。

このブログを通して、少しでも教育現場のヒントを投げかけることができたらと思う。

 

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